1月。
ニュクスが訪れるという話をしてから、しばらく重い空気が続いた。
今になっても変わらず能天気な八加が俺に後ろから話しかけた。
「順平ってもうすぐ誕生日じゃなかったっけ?」
八加に俺の誕生日を伝えたつもりはなかったのに、知っていたのだから驚いた。
「俺、お前にその話したっけ?」
「してたじゃないか」
真顔で言う八加。
俺には全く心当たりがなかった。
 
誕生日会
 
「しっかし誕生日なー…」
今、誕生日というのにいい思い出はない。
子供の頃は、祝ってもらってケーキ食べてとかしていた気もするが、今は親父が酒食らって荒れてるからな…。
友達と言ってもそこまでする仲でもねーしな。
「最近、祝ってもらったことねーな…。」
そう呟いたとき八加の表情が変わっていた。
「ねぇ順平」
「んだよ?」
「甘いの好き?」
「嫌いじゃねぇよ」
「分かった。」
八加はその後、外に出て行った。
確か、俺の誕生日の一週間前の話だ。
 
そして、当日。
放課後、八加に呼ばれた。
「順平、ゆっくりしてきてから帰ってきてね。」
「へ?」
いきなり何を言ってんだ?
呆然としてる俺を無視して変わらぬ笑顔で八加は続ける。
「寮はしばらく開かないから。チドリのところにでも行ったら?」
「お、おう…。」
八加はさっさと教室を出てしまった。
ゆかりッチもくすくす笑いながら、八加の後をついていく。
 
チドリンとしばらく話し込んだ後、寮へと帰ることにした。
もう冬だからか暗くなるのもあっという間だよな。
「ただいまー…」
寮の扉を開けると目の前のテーブルにケーキと豪華な食事が置かれていた。
メンバー全員がクラッカーを俺に向けて鳴らす。
「…なんすかこれ?」
桐条先輩が一歩前に出て説明してくれた。
「奏魔から伊織の誕生日の話を聞いてな。こうして食事を準備させてもらった。ニュクスが迫っているとはいえ、暗い話ばかりでは気が滅入るだろう。」
あー…今日そんな日だっけか、すっかり忘れてたぜ。
突っ立っていたのが悪かったのか、ゆかりッチが俺の背中を叩く。
「ちょっと何ぼんやりしてるのよ。食事は桐条先輩が用意してくれたけど、ケーキは奏魔君が作ってくれたんだよ。」
「八加が?」
そういや何週間か前に甘いものが好きかとか聞かれた事がある。
あれはそういうことだったのか…。
「まぁ、座って。」
「さぁ、遠慮するな、伊織。」
桐条先輩が用意してくれた食事はやっぱりうまかった。
特上スシの時もあったが、桐条先輩が用意する飯は高級感があるよなぁ…。
さすが、桐条グループ。

食事を片付けた後に、八加がケーキを切り分ける。
器用に切り分けていく八加を見ながら話しかける。
「おまえ、すげぇな…」
「何が?」
「こんなの作ったことなかったろ?」
「まぁ、ね。でも、順平誕生日祝ってもらったことないって聞いたら、ケーキ作ってあげたくなってね。」
「祝ってもらったことがないとは言ってねーぞ…」
「あれ、そうだっけ」
八加がケーキを皿に乗せる。
「あ、奏魔君、私配るよ。」
「ありがと」
ゆかりッチがメンバーにケーキを渡していく。
「ほら、順平」
「おう…さんきゅ」
俺の分だけは八加が俺に手渡した。
フォークももらい一口食べてみた。
「…お前、何でも出来すぎなんだよ」
「え?」
文句なしにうまい。荒垣さんに引けをとらないんじゃねぇかこれ。
荒垣さんがお菓子を作ったことはねぇけど。
八加のケーキは特に女性陣に評判がよく、風花やゆかりッチが幸せそうに食べていた。
「奏魔君ってお菓子作りうまいよねー…私の誕生日も作ってもらいたかったな。早く言ってよ、もう」
「私にも作ってもらいたかったな…。順平君がうらやましいな」
ゆかりッチと風花が俺をにらんでる気がすんだけど…。
「ごめん、順平しか気にかけてられなくて」
「お前、罪作りにも程があるって…!?」
ゆかりッチと風花に肩をつかまれる。
「いいなー…順平」
「いいなー…順平君」
「ちょ、二人とも怖いんすけど…。」
正面は桐条先輩がうらやましそうな目で俺を見ていた。
…桐条先輩まで…。
「おい八加、なんとかしろ」
「ええー…。ケーキ作ったら疲れたんだけど。」
「お前のせいだろ!この状況は!俺っち、絶対この後刺されるって…」
「順平、後で部屋行くね。ケーキ余ってるから」
さらに女性陣の表情が怖くなる。
「…おまえ、わざとだろ」
「なんのことかな。」
したり顔で八加が立ち上がる。
「じゃ、片付けましょう。真田先輩、手伝ってください」
「分かった。」
八加は真田先輩と皿を片付けはじめた。
俺はまだにらまれたままなんすけど…。
 
その後、八加がケーキをもって俺の部屋に来た。
「順平にだけにあげたかったんだよ。これ。」
それは最初に出されたケーキよりも、うまかった。
やっぱ甘さは控えめだよな。
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なんだか時間が空いていたのでズレてしまった。
順平の親父が酒で荒れてからはこんなイベントなかったろうなーと思い、それを聞いた八加さんが頑張るの話。
1月だから荒垣さんが出せないのが残念だわ。